松下君の山田錦
Matsushita's Yamadanisiki
「人間にとってまずいもんは米だって好かない。俺の肥料はおいしいんだ」
4反のもみがらをひと山にして、だいたい2日かかる。床土や肥料になる。
季節はずれの寒い日には苗を軒下に移し、布団をかけてやる。
今日一人だけの若者とあって冷やかされる松下さん。消防団長としても有名だ。
その前にすべての苗にビニールをかぶせようと陽が暮れてからも作業にはげむ。
二人ともはりきりすぎてちょっとひと休み。
「だんるいやぁー」。
奥さんの作ってくれた昼ご飯を急いでほおばる。
自分の田圃で多くの命が暮らせることが松下さんの喜び。
「土を触るとおもしろいでしょ。農業を楽しいと考えてくれる子がいれば…」と田圃を開放する。
昨年までは見られなかった腰のかたち。
おたまじゃくしをすくい上げ、「俺の田圃は最高だろー」と話しかける。
「たまたま百姓の家に生まれ、最高の舞台に置いてもらった」。
俺は親父から受け継いで、
そして俺もいい形で子供に引き渡してやりたいと思ってる」。
「自由にやらせてくれてうちの奥さんにはほんとうに感謝してる」。
ふとそんなことを言う。
私はこの日、尺取虫のほんとうの姿を初めて知った。
稲刈りは嬉しさよりもやっぱり寂しさのほうが強い。
「百姓の血の中には、一粒でも多くとりたいってのがある」。
このひと粒がまた新しい稲を作り出してゆくのだろう。